ユニセフへの想い


前愛媛県ユニセフ協会 会長  

      鮎  川  恭  三

半世紀も前のこと はげしい戦に敗れた日
ピカドンの現実も知らず 田舎にいた

食べるための畑仕事 裸足での通学
母の嫁入りのときの帯は通学鞄に化けた

学校から帰ると水運びが待っていた
井戸水から汲んだ二つのバケツを天秤棒に吊るし肩に担いだ

都会では 無差別爆撃で家が焼かれ
親とはぐれた子どもたちが 地下道をねぐらにしていたという
それから四年 ユニセフの緊急援助が 日本に届きだす

粉ミルク 医療品 衣料原綿が日本の子どもたちを救った
学校給食の粉ミルクが 子どもたちに体重が増える実感を贈った

こんな体験を持つ人々
敗れた国の貧しさを豊かさへと懸命に変えた人々も 七十歳を超えた

いま 世界中のことは たちどころにニュースとして流れる
自分の現実世界と関わりのないニュースは 頭の上を素通りする
               ニュースの洪水の中で生きる智慧か           
楽しいこと つらいこと したいこと いやなこと
そんなことをみな 遠くの人々と実感できる豊かさが心にほしい

いま 食べ物がない子 家の働き手となっている子
また 戦の場にいる子 
ニュースの裏には多くの子どもたちがいる

ニュースが流れたとき その裏にいる子どもたちのことが
心のどこかで引っ掛かる網がほしい引っ掛かっていれば手を伸ばせるはずだ

豊かな国の子 貧しい国の子 平和の中に暮らす子 戦の中にいる子
みんな みんな 地球の未来を託す子どもたちだ
この子たちがみな 守られ 育てられ 生きていけるように
そして 地球の未来に参加できるように手を伸ばしたい


この子達に伸ばす多くの手を
ユニセフがまとまった大きな手に変える心の網をひろげ
 体験をつなげ 
子どもたちのために伸ばす手を私たちのまわりに育て
大きな手に変えるために この地 愛媛に ユニセフの組織をつくりたい